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  <title>放課後の・・・</title>
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  <description>おもしろいことをたくさんしたい</description>
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    <title>「おおかみこどもの雪と雨」をみた！！</title>
    <description>
    <![CDATA[「おおかみこどもの雪と雨」を見た！！<br />
で、とてもよかったのである。公開初日に見たということもあって、久々にここに書いておきたいと思える作品であった。<br />
<br />
まず、<font style="color:#ffa07a;"><strong>ファーストシーンですでに泣きそうになった。</strong></font><br />
ファーストシーンは白い花の絨毯の上で主人公の花が横になっている。そして、白い花が風に揺れているのだ。<font style="color:#ffa07a;"><strong>このシーンだけで「これは何か違う！！」と感じる。とにかく美麗である！</strong></font>美しいのだ。一瞬実写と見間違い混乱するような感覚、それと一気に物語の中で引きこまれるような感覚がある。<br />
<br />
パンフレットによればＣＧをかなり多様しているようだが全く違和感がない。凄過ぎる。こういった美麗な風景描写がこの映画には多々あるのだが、これだけでお金を払った甲斐があったと感じた。<br />
<br />
この映画は狼男との間に女の子と男の子を授かったが、<font style="color:#ffa07a;"><strong>肝心の夫の狼男がぽっくり死んじゃって</strong></font>、女手一つで２人のおおかみこどもという人間と狼の中間のアンビバレントな存在を育てていく話だ。<br />
<br />
全体として非常に大満足であったが、個人的にマイナスだと感じた点を先にあげたいと思う。<br />
<br />
一つ目は、セリフで説明しすぎではないか、という点。映像で十分伝わるものは伝わっていたと感じるので、その感じたことをわざわざセリフにされると<font style="color:#ffa07a;"><strong>「わかっとるわ！」</strong></font>と、<font style="color:#ffa07a;"><strong>「言われんでもこちとら感じ取ってるわ！」</strong></font>と。<br />
<br />
例えば、雲行きが怪しくなる外をじっとみる雨が一言<font style="color:#ffa07a;"><strong>「僕が行かなきゃ・・・」、、、、わかっとるわ、というかそんな独り言普通言わんわ！！</strong></font>映像は素晴らしかったのだから、なんだか聞いててこっ恥ずかしくなってくるようなセリフは喋らせず黙らせ、静かな映像で十分見ている人に伝わったのでは。。。<br />
<br />
二つ目は、これは女性にも非常に意見を聞きたいのだが、<font style="color:#ffa07a;"><strong>主人公の花が母親としてちょっと理想的すぎる、タフすぎるのではないか</strong></font>という点である。ただ、これはパンフレットを見ると意図的にそういう女性像として創られたようなので、欠点と呼ぶかどうかは怪しい。数々の苦難に表面上は全くめげる様子のない花は圧倒的なエネルギーで突き進む。正直見てるこっちがいつ花の心がポッキリ折れてしまうか、ヒヤヒヤしながら見ていた。非常にサスペンスフルであった。確かに現実では花のような強い女性ばかりではないのは当たり前であるが、弱い女性ばかりである訳でもないので、これはこれでいいかのかな。<br />
<br />
三つ目は些細なことかもしれないのだが、体育館で親を待つシーンで<font style="color:#ffa07a;"><strong>先生が床に投げ出されたランドセルとリュックを見落とすはずがないと思うのだが。。。</strong></font>つまらないことかもしれないが、ここで一瞬心が我に戻ってしまった。。。<br />
<br />
四つ目は<font style="color:#ffa07a;"><strong>やっぱりお父さん、死に方がなんか間抜けでは。。。</strong></font><br />
<br />
<br />
良かったところはネタバレです。<br /><a href="https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E6%98%A0%E7%94%BB/%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E9%9B%AA%E3%81%A8%E9%9B%A8%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%BF%E3%81%9F%EF%BC%81%EF%BC%81" target="_blank">以下、ネタバレ！！！</a>]]>
    </description>
    <category>映画</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E6%98%A0%E7%94%BB/%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E9%9B%AA%E3%81%A8%E9%9B%A8%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%BF%E3%81%9F%EF%BC%81%EF%BC%81</link>
    <pubDate>Sat, 21 Jul 2012 22:09:20 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>ロマン・ポランスキー監督　「ゴーストライター」</title>
    <description>
    <![CDATA[新百合ヶ丘にあるアートセンターというところでポランスキー監督の「ゴーストライター」がやっていたので観てきた。やっぱりスクリーンで映画を観るということは大事だなと思った。<br />
<br />
で、「ゴーストライター」はミステリー・サスペンスのジャンルで、主人公はイギリス前首相の自叙伝のゴーストライターに選ばれたユアン・マクレガーが前首相に関する陰謀に巻き込まれていくっていう感じで、巻き込まれ型のサスペンスであった。<br />
<br />
サスペンスフルな雰囲気だけどユアン・マクレガーが<strong><font style="color:#ffa07a;">飄々としたキャラクター</font></strong>を演じてて、すごく好感が持てて非常にバランスが良く感じた。ピアース・ブロスナン演じるイギリス前首相もオットコ前なんだけど、不埒な印象がムンムンで面白い！まさか、イギリス前首相は実はＭＩ６の凄腕スパイだったというオチかもしれないと冷や冷やしたがそんなしょーもない期待は裏切れられてよかった！オリヴィア・ウィリアムズもとんがったインテリ女な感じがよかった！<br />
<br />
以下、ネタバレです。<br /><a href="https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC/%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%80%80%E3%80%8C%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%8D" target="_blank">以下、ネタバレ！！！</a>]]>
    </description>
    <category>ミステリー</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC/%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%80%80%E3%80%8C%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%8D</link>
    <pubDate>Thu, 08 Mar 2012 16:31:13 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>樋口有介「ピース」に見る責任の不在</title>
    <description>
    <![CDATA[よく行く本屋さんに平積みされている上、ミステリ好きにはなんとも挑発的に映るPOPによって思わず買ってしまった樋口有介の「ピース」を読んだ。樋口有介という方の本は初めてだったのですが、非常に読みやすい文体でスラスラ読めたのだが、全体として<font style="color:#ffa07a;"><strong>「えっ、これでお終い？！」</strong></font>ってな感じであった。<br />
<br />
中でも犯人の動機というか、そこらへんに非常に違和感というかなんというか、そんなものが残った。<br />
<iframe frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4122051207&amp;ref=qf_sp_asin_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;"></iframe><br />
以下ネタバレ全開です。<br /><a href="https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC/%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E6%9C%89%E4%BB%8B%E3%80%8C%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%8D%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%9C%A8" target="_blank">以下ネタバレあり！！！</a>]]>
    </description>
    <category>ミステリー</category>
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    <pubDate>Sat, 26 Nov 2011 03:19:40 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>蛇を飼う女</title>
    <description>
    <![CDATA[武富健治さんの作品集「屋根の上の魔女」の中の「蛇を飼う女」というのを読んだ。武富健治さんは「鈴木先生」で有名ですね。この人の書くマンガは文芸漫画と呼ばれていて文学的な香りがします。ずっと「鈴木先生」は読もう読もうと思っていたんですけど、へヴィーな内容だったりするんで横においたままだったんですが、最近ちまちまと読み進めています。<br />
<br />
で、「蛇を飼う女」を読んで思ったことなんですけど、主人公の女の人の気持ちも分からなくもないけど、これってちょっと危ないなーって思ったり。<br />
<br />
<br />
<iframe frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4861764203&amp;ref=qf_sp_asin_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;"></iframe><br />
<br />
どんな話かって簡単にストーリーが話せなくて、まあ雑に言うと、大きな蛇を部屋の中に飼ってる独身の女の人の話で、とにかくこの主人公は社会に閉塞感みたいのを感じてて、孤独を抱いている。で、仕事の仲間から蛇好きの男の人を紹介されて乗り気じゃなかったんだけど、まあいい人そうで孤独だった主人公はもうこの人でいいかもなんて思ったりするんだけど、その人からもらった携帯番号を捨てて、またいつものように仕事場に出勤していくって言う感じ。<br />
<br />
なんか面白くなさそうってな感じなんだけど、読んでみるとそんなことはなくて<font style="color:#ffa07a;"><strong>生々しくてめちゃくちゃ面白い。</strong></font><br />
<br />
で、この主人公が<font style="color:#ffa07a;"><strong>世の中に対して思ってるギスギスしたものを感じ取る描写</strong></font>がいっぱいあるんだけど、例えば通勤ラッシュで込み合った電車の中でイヤホンから音が漏れている人、ずうずうしく席に座る人、人を押しのけて出ていく人などなど。職場では同僚の陰口を叩く女性社員、煙草をぷかぷかふかす人、クチャクチャ音を発てて物を食べるひとなどなど。<br />
<br />
とにかく読んで<font style="color:#ffa07a;"><strong>「うわー、これはやべえ！イライラするずぇ～！」</strong></font>ってな感じで、漫画内でのセリフでこの状況が説明されている。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>「自分や自分たちが楽なようにふるまうかわりに相手のたれ流す楽なふるまいを許し合わなきゃいけない。それが逆にルールになってる・・・」</strong></font><br />
<br />
ようは、ただただ「自由を！自由を！」って言っている人の多くはただただ自分に甘くしたいだけっていう話です。己の自由を増大させる時、自分だけ自由、自分だけ許される、自分だけ楽、っていう特別扱いは絶対になくって、自分の自由の大きさと同じだけど他人の自由も許容しなくてはいけなくなって、結局他人の自由とぶつかり合ってなんか息苦しくなる、っていうことを見忘れていると主人公は感じます。<br />
<br />
自由になるっていうことは単純に楽になるってことじゃないと。<br />
<br />
で、そんな主人公のところに「同僚の送別会に来る？来ない？」と社員の人がくる。で、主人公は「いけます」って言うんだけど、すぐ後ろの同僚は「私そういうのはいいです」って行かないことを告げると、出席をとっていたいた社員が主人公に対して「どう思う？あーゆうの」ってめちゃくちゃ嫌味な感じで耳打ちをしてくる。それを受けて主人公は<font style="color:#ffa07a;"><strong>「そういう対応した時点であなたもだめになっちゃうじゃないって思う・・・」</strong></font>と悲しそうな顔をする。<br />
<br />
「出席するかしないか」という自由な意志を聞いているにも係わらず「出席しない」と答えると「いやな奴」って思われる。「出席する？しない？」と<font style="color:#ffa07a;"><strong>他人の意志を聞いているにも関わらず相手の自由な意志を一切認めていない。</strong></font>とにかくとにかく息苦しい！<br />
<br />
主人公はそんなこんなでこんなことを思う。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>「私はこんななら気遣い合うルールの方がよっぽど心地いい・・・」</strong></font><br />
<br />
相手のことを気遣うということは自分の自由を抑制し制限することであるけれど、こんなに他人の自由を許容しなければいけないんなら、そっちの方がいいじゃない！！ってな感じ。<br />
<br />
で、主人公は学校時代のことを思います。何を追い出したかっていうと、いままで校内では上履きを履いていたいたんだけど、土足でいいじゃんという意見が多くなっちゃって、どうするかを学校の会議で決めていた時の話で先生は満面の笑みで「土足がいい者は土足！上履きにはきかえたい者は上履き！個人の自由！ってことでどうだ！」って提案する。そうすると生徒達は「両方の意見を尊重するってことで！」ってな感じで上履きに履き替えても、履き替えなくてもよくなっちゃったって話。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>それって本当に自由ってやつなのか？自由の尊重ってやつなのかぁ～～！</strong></font><br />
明らかに「自分勝手に振る舞う」っていうことが自由だと思っている奴が多数派で、自由であることの負の側面というか、もう一つの側面のようなものを誰もかれも見ようとしない。<br />
<br />
この１つのエピソードは学校内でのことであるけど、これが社会や国の中で「あれも正しいが、こっちも正しい。個人を尊重して、自由にしましょう！」なんてやってたら共同体なんて無理な訳です。<br />
<br />
で、さっき話してた送別会に主人公は出席するんだけど、その送別会ではみんななんかしら盛り上がってて、飲み会によくあるような「ノリ」のようなものがあって、これが何かっていうとみんながそれぞれ無邪気に自由に盛り上がっているように見えて、その場に漂うような「ノリ」のようなものを否応なく受け入れなくてはいけない感じになってるの。<br />
<br />
要は<font style="color:#ffa07a;"><strong>「自由なように見せかけといて、全っ然自由なんかないじゃない！」</strong></font>って状況に主人公は思わず<font style="color:#ffa07a;"><strong>「さびしい！！」</strong></font>って感じるんだけど、このコマがかなり強烈で見てるこっちも思わず不安定になってくるような息が詰まるような感覚を味わう。<br />
<br />
で、その席で主人公と同じく蛇好きの男を同僚に紹介されて会うことになるんだけど、主人公はあんま乗り気じゃない。でも、当日になって実際にその男に会ってみるとなんていうか素朴で優しそうな男で、<font style="color:#ffa07a;"><strong>話す内容はテレビか新聞の内容でなんていうかたかが知れているようなこと</strong></font>しか言わないんだけど、なんか人を楽しませるような話し方は出来るような人で、孤独に締め付けられている主人公は「本当によさげな人！」って思っちゃう。<br />
<br />
でも、この瞬間過去の出来事がフィードバックする。この話の始めから主人公はある過去を背負ってて、何かっていうと、どうやらある男女と劇団のようなものをやっていたらしいのだが、その中の<font style="color:#ffa07a;"><strong>中心的な男と女がバイクの事故で死んでしまった。</strong></font>残された男はそのカリスマがあった二人がいなくなった喪失に挫折をしてしまう。そして主人公も一人になってしまう。<br />
<br />
で、その劇団のメンバーが観客に対して何を与えなければいけないのか話している場面がフィードバックするんだけど、その中でメンバーはなんて答えているか。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>「観客がそれまで期待　つまり想像すら出来なかった楽しみ！こいつをささげる」</strong></font><br />
<br />
この言葉が主人公やこの劇団の根底に流れていることだと強く感じた。つまり、この劇団のメンバーは「普通」であることに甘んじずとにかく想像も出来ないような何か新しい物事を目指しているメンバーで、<font style="color:#ffa07a;"><strong>「志が高い人、より高みを目指す人」</strong></font>と言えると思う。そして、主人公の女の人の周り人は総じて<font style="color:#ffa07a;"><strong>「普通な人、凡庸な人、本当は空虚な人」</strong></font>と言える。<br />
<br />
で、この状況がタイトルにあるような<font style="color:#ffa07a;"><strong>「蛇」に象徴される。</strong></font><br />
<br />
何かっていうと、主人公の女性は死んだメンバーの貴世子という人が飼っていた大きな蛇を引き取っていて、この蛇に餌であるネズミとかウサギをあげると蛇が丸のみにしていくんだけど、この時に主人公は生きていた時の貴世子の言葉が蘇ってくる。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>「これを見つめてると心が引きしまるの　一日　また一日　糧を得て私も生きながらえているんだって・・・」<br />
「自分の食べる文はちゃんと自分でかせいで　親から受けた恩を伴侶や子供に向けてちゃんと反して　お百姓さんに感謝していただいていれば　それで責任を果たしたことになるのか　これをみているとわかる気がするの」</strong></font><br />
<br />
ようは<font style="color:#ffa07a;"><strong>働いて食べて生きて産んでいれば責任を果たしたことになるのか</strong></font>ということで、もちろん貴世子はそんなことで責任を果たしたことになるとは思いません。<font style="color:#ffa07a;"><strong>「人は生きている以上より高みを目指さなければならない」</strong></font>と考えており、そしてこの思想は主人公の女の子をある種束縛している。<br />
<br />
とにかく主人公の女の子は<font style="color:#ffa07a;"><strong>「志高く生きなければ！」</strong></font>って思うんだけど、彼女自身孤独でそうとう心がやられてて、この隣で飲んでる純朴そうな男性に対して、<font style="color:#ffa07a;"><strong>「なんか凡庸そうだけど、もうこの男でいいかも・・・」</strong></font>って思うようになって彼女は<font style="color:#ffa07a;"><strong>「志が何よ　普通で何が悪いのよ」</strong></font>と心情が揺れ動く。<br />
<br />
で、男は生理だからエッチしないで、そのまま家に帰るんだけど、その途中で貴世子の亡霊が主人公を襲う。<br />
<br />
<font style="color:#ffa07a;"><strong>「まずはしあわせをゲットして　しあわせになってその上でやれるだけのことをやって・・・」</strong><br />
<br />
<strong>「それでいいのか　わかる気がするの」<br />
<br />
「おねがい貴世子！！　私を・・私を捨てて！」<br />
<br />
「普段かくれていてある状況で思わず口をついて出た下品な胸の内がしたがうべき「本音」だとは限らない」</strong></font><br />
<br />
この話の中で「蛇」って何かっていうと所謂<font style="color:#ffa07a;"><strong>「凡庸である」ということの象徴</strong></font>であるように思います。そして孤独に相当心をヤラれた主人公の「蛇」が文字通り外に出てしまう。で、ここのシーンがかなりホラーなんだけど、隣の家の赤ん坊を蛇が丸のみにしてしまう。で、警察に連行される主人公。そこには取り調べで夜に会っていた男性がやってくるんだけど、俺にはこんな女関係ないよみたいな態度をとってて思わず主人公は<font style="color:#ffa07a;"><strong>「私　この人の名前さえ覚えていない」</strong></font>と衝撃を受ける。<br />
<br />
つまり、この男でいいやって思っていたのは心にもないことであったと。で、まあこれは夢落ちなんですけど、主人公は男性のケータイの電話番号を捨てて、また昨日のように出勤をしていくところで終わっていく。<br />
<br />
<br />
この主人公の女性を孤独に陥れているのは<font style="color:#ffa07a;"><strong>ちょっとしたエリート意識</strong></font>のようなものだと思う。確かにこの主人公の周りにはくだらない人間がいっぱいいるけど、<font style="color:#ffa07a;"><strong>この主人公だってたいしたことないように感じるし、もっとすごい人間は周りにごまんといるような気がする。</strong></font>このように志高く、気高く生きる人間が馬鹿らしいからと周りの人間との深いコミュニケーションを断っていって、その結果強烈な孤独に陥ると<font style="color:#ffa07a;"><strong>罪と罰のラスコーリニコフさんになっちゃうような気がする。</strong></font><br />
<br />
近い将来主人公と志を共にする人が現われないと彼女は壊れちゃうんじゃないかな。]]>
    </description>
    <category>マンガ</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC/%E8%9B%87%E3%82%92%E9%A3%BC%E3%81%86%E5%A5%B3</link>
    <pubDate>Sat, 15 Oct 2011 18:09:14 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>どちらが正しい選択か</title>
    <description>
    <![CDATA[かなり昔のことに思いますが、ナインティナインのオールナイトニッポンを聞いていた時に番組終わり頃にやる矢部浩之のドリチンクラブというナイナイの二人に性的な質問をするコーナーで恋愛問題が取り上げられていた。<br />
<br />
読まれたハガキの質問内容は次のようなものだった。投降者は女性である。<br />
「私の友達にAという女性ががいる。その女性Aはある男性Bと付き合っている。しかし、その男性Bというのはなかなか酷い男性で、実は数か月後には本命として付き合っていた女性Cと結婚するというのだ。で、男性Bはきっぱり女性Aとは別れればいいのに、あろうことか「結婚するまでの間付き合って欲しい」ということを言ってきた。<br />
<br />
正直男性Bは女性Aをセフレぐらいにしか思っていなかったのだろう。でも、私の友達女性Aは心底男性Bに惚れていて「それでもいい！！」と言ってその男性Bとの交際を続けている。このあと悲しい結末になるのは目に見えています。どうしたら私の友達女性Aに男性Bのことをあきらめさせることが出来るでしょうか」<br />
<br />
と、こんな感じだったと思う。<br />
ナイナイの二人はこの答えに色々話をしながら適当に受け流していたと思う。でも私はこの質問に何か偽善的な匂いがして忘れられなかった。<br />
<br />
私が思うにこの問題をややこしくしているというか、何かもやもやしたものを残させている原因はハガキの投稿者自身の恋愛問題ではなく、友達という「他者」の問題を語っていることにあると思う。いくら親友といえどそれは「他者」だと私は思う。<br />
<br />
要はハガキの投稿者自身の問題であれば、「なんか悲しいことになりそうだから男性と別れてもいいし、悲劇的な結末が待ち構えていようがそれでもいい！と思うのであれば付き合い続ければいいんじゃな～い」ぐらいで済まされる問題のように思う。それは個人の自由なのだから。そして自由というのは自爆的に破滅することを選択することも出来るのだから。<br />
<br />
でも、この問題がややこしいのはこのハガキの投稿者は友達Aのことを言っている訳で、正直友達Aが男性Bと付き合い続けようが、別れようがあんま関係ないように思う。もちろん友達が辛い経験をするのを目撃するのはそれはそれで辛いと思うけど。<br />
<br />
で、このハガキの投稿者はどういう質問をしているかっていうと「友達Aが男性Bと付き合い続けてもいいことなんてある訳ない。別れさせなきゃ。どうしよう！」と思っている。これは「友達Aを男性Bと別れさせるということが正しい行いだ！それが友達のためだ！」と考えているように思う。でもこれって本当に正しい行動なのだろうか？<br />
<br />
所謂世間一般では「友達が可哀そうなことになりそうだったら助けなきゃ！」っていうのがある種の善の行いであるように言われるけど、それって本当のことなのか？私には「友達には悲しい結末があると分かっていてもそれを選択する自由」があるように思える。<br />
<br />
例えば、ハガキの投稿者が友達Aを無事説得することが出来て男性Bと別れさせることが出来たとしよう。極端な例でなんじゃそりゃって感じもするけど、その後友達Aはまだ男性Bのことが忘れられる未練がたらたらで、別れたことに強い後悔の念を感じ、自暴自棄な生活に陥ったとしたらハガキの投稿者は責任が取れるのだろうか。<br />
<br />
もしかしたら、友達Aと男性Bが付き合い続けることによって真実の愛に目覚め、めでたくゴールインし生涯幸せに暮らすかもしれない。<br />
<br />
もしかしたら、友達Aは男性Bと付き合い続けたが結局予定通り結婚まじかにポイ捨てされてしまった。でも、その経験で人間的に友達Aは何か成長が出来るのかもしれない。<br />
<br />
もちろんこんな「もしも、もしも」の話はしようと思えば永遠出来る。ある程度未来は予測出来ても、本当に未来がどうなるかは誰にも分からない。ハガキの投稿者にも分からなければ、友達Aにも男性Bにも女性Cにも分からない。何が友達のためになるかなんて誰にも分からないように感じし、何かしらの行動をしてもそれはやはり正の要素と負の要素をほぼ同量程度含んでいるように思う。<br />
<br />
だから私は「ハガキの投稿者は友達Aが男性Bと別れようが付き合い続けようが友達であり続けるという姿勢」を取る以外にないように感じた。<br />
<br />
でももしも、「友達Aが男性Bと付き合い続けて、その結果ポイ捨てされる」という事態が我慢ならないのであれば、「これが正しい行いだ！友達のためだ！」などとは間違っても思わずにエゴイスティックに独善的に何かしらの方法で無理矢理的に友達Aと男性Bを別れさせればいいと思う。<br />
<br />
<br />
これは私の個人的な考えですが、善だとか悪だとかというのは個人個人が生きている世界（客観的にみんなが無意識の内に存在していると思う地球を表すような世界ではない）を認識という刃で分割した時に生まれる両断面のように感じる。<br />
<br />
善い行いだけをするということは絶対に出来なくて、そこには影のようにそれに相反する要素が付きまとっている。]]>
    </description>
    <category>その他</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%81%A9%E3%81%A1%E3%82%89%E3%81%8C%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E9%81%B8%E6%8A%9E%E3%81%8B</link>
    <pubDate>Wed, 12 Oct 2011 15:35:26 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>ブレードランナーの未来世紀</title>
    <description>
    <![CDATA[町山智浩さんの＜映画の見方＞がわかる本、ブレードランナーの未来世紀を読んだ。<br />
町山さんは私がもっとも信頼している映画評論家です。博士も知らないニッポンのウラ、博士の異常な鼎談で知りました。<br />
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<iframe frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4896916603&amp;ref=qf_sp_asin_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;"></iframe><iframe frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4896919742&amp;ref=qf_sp_asin_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;"></iframe><br />
<br />
町山さんの評論は他の評論と何が違うかって、とにかく監督、脚本家などのインタビューや製作のための資料などを出来る限り集め、そしてその作品の周辺に絡み合い影響をし合っている膨大な作品群を紐解き、その中からこの作品は何を表したかったかなどを説明していくため、とても納得がいく。独りよがりのどーでもいい感想になっていないのだ。また、めちゃくちゃ博識な方でその作品が作られた時代背景や思想の歴史などの観点からも説明がなされている。<br />
<br />
難解で抽象的な言葉のレトリック、レトリックで分かったような分からないような評論を書いている奴とは一味も二味も違う。っていうか抽象的な言葉ばっかり使ってちっとも具体的な話や具体例を出してくれない評論家は何を思って書いているのかな。分かって欲しいなんて鼻から思っていないのか。<br />
<br />
で、この「ブレードランナーの未来世紀」なんですが、映画は「ビデオドローム」、「未来世紀ブラジル」、「プラトーン」、「グレムリン」、「ターミネーター」、「ブルーベルベット」、「ロボコップ」、「ブレードランナー」のことが書かれている。どれをとってもへぇー！の連続なのだが、中でも「ブレードランナー」の評論は本当に面白かった！前作である70年代の映画を評論した「映画の見方が分かる本」での「ロッキー」の評論を見て泣きそうになったけど、こっちも相当すごいものだった！<br />
<br />
よく「ブレードランナー」の原作はフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか？」であると言われるが、監督のリドリー・スコットは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか？」を読んでいないというのがまず驚き！amazonのクチコミで原作の小説の方が映画よりも数段上だっとか言ってる奴は恥ずかしがって欲しい。<br />
<br />
デッカードの人物像の元になった作品などを数多く上げ、そこらへんの部分も十分に楽しめるが、中でも素晴らしいのが「ブレードランナーとポストモダンの関係」である。こんなこと丁寧に書いてくれる評論家って町山さんだけだと思う。<br />
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簡単に本に書いてあったことをまとめると、ブレードランナーの時代までに三つの時代がある。それは近代以前（モダンより前）と近代（モダン）とポストモダン（モダンの次）である。<br />
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近代以前（16世紀以前ぐらい）はキリスト教の教義や伝統が支配的だった。この時代の「物語」とは「聖書」であり、「主人公」は神であり、人は脇役に過ぎない。人は「聖書」に書かれていることを良きものとし、神様の操り人形のようにその通りに行動をしていた。<br />
<br />
しかし、近代（17、18世紀以降）ではルネッサンスの人文主義やフランスの啓蒙主義、科学の発展により、何やら神という存在が嘘っぽく思えてきたり、人間が作るものにも価値があると思い始め、「物語」は「日常に流されていた主人公が、現実に潜む問題に目覚め、自分の意志が状況を改善しようと行動する」というものになり、人間が神から「主人公」の座を奪い取った。この近代（モダン）には「勉強して立派な大人になって世の中を良くしましょう」という大きな物語が根底にあったのだ。<br />
<br />
つまり、この近代（モダン）では「頑張れば世界は徐々により良く発展していく（啓蒙&rarr;主体的になる&rarr;全体の進歩）、そして世界にその秩序をもたらす主人公（ヒーロー）はこの俺様だ！！」ということなのだ。<br />
<br />
しかし、ポストモダン（モダンの次）の時代（1980年頃）に人間は自分達が思い描いていたようなプログレッシブで華やかなユートピアのような未来はどうやら来ないということが分かり始めてしまった。この頃に石油ショックがあったり、人類が月に立ったり、超高層ビルが建ち始めるんだけど、ここまで来ると人間も「なんか思い描いていたのとちょっと違うぞ・・・」と違和感を感じ始める。ユートピアのような未来はレトロ・フューチャー（かつて夢見ていた未来）になってしまったのだ。<br />
<br />
ポストモダンの時代ではモダンの時代の「頑張れば世界は徐々により良く発展していく」という「物語」が崩壊してしまったのだ。「物語」が消えれば「主人公（主体）」が消える。そして、その主体を失くしてしまった主人公が「ブレードランナー」の主人公「デッカード」であるというのだ！この繋がりは身震いするほど綺麗だ。<br />
<br />
確かにデッカードはなんとなくぼんやりしていて、ロイと戦っている時も今までのヒーロー像からは懸け離れた姿を曝け出している。というか、ロイ・バッティの方が断然かっこいい！！ただ、最後にデッカードはペガサスの折り紙を拾ってオットコ前の顔を見える（最後にやっと！）。<br />
<br />
私達は「物語」のない時代を生きていて「何をどうしたらいいのか、何をやったらいいのか」よく分からないまま生きている。私はこれからの時代に近代（モダン）の時代の「物語」である「頑張れば世界は徐々により良く発展していく」ということの、『「より良い発展」とは具体的に何か』ということをみんなで考えることに、「人間がこれからどのように生きていけばよいか」という問題への解答のヒントが隠されているように感じる。<br />
<br />
より良いハイテク機器を開発していくことがより良い発展なのか。差別をなくし人類みなが平等の世界を目指していくのがより良い発展なのか。宇宙へ移住していくことがより良い発展なのか。<br />
<br />
<br />
とにかく、ぜひ、この「＜映画の見方＞がわかる本」はみなさん買ってそして読んでください。本当にすごい本だと思います。]]>
    </description>
    <category>映画</category>
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    <pubDate>Thu, 25 Aug 2011 13:04:39 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>レスラー　主演：ミッキー・ローク</title>
    <description>
    <![CDATA[ミッキーローク復活の物語となったレスラー。<br />
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<iframe frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=B002UQVESY&amp;ref=qf_sp_asin_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;"></iframe><br />
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あらすじは、80年代に国民的ヒーローになったプロレスラーの20年後にどうなっているのかっていうもの。家族も、金も、名声もなくなって、1回の試合でもらえるのが200ドルぐらい。それも家賃で消えていく（トレーラーハウス）。プロレスラーなんでめっちゃ体を酷使していて、ステロイドはもちろん、鎮痛剤とかとにかく薬はすごい飲む。痛み止め飲まないと痛くて眠れない。副職としてスーパーでアルバイトしている。<br />
<br />
で、ある時心臓の病で倒れて、心臓を手術されちゃって激しい運動が出来なくなって引退。家を出て行っていた娘ともう一回よりを戻したがったり、ストリッパーの女と一線を越えたお付き合いをしたいのだが、どれもこれも自業自得でダメになっていく。<br />
<br />
そうして最後に彼が行き着いたのはやっぱり、リングの上。俺にはこれしかないんだ、と言って再びプロレスの試合をする。<br />
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<br />
このプロレスラーのランディがまんまミッキー・ロークの半生だとか、プロレスラーの悲哀だとか、スプリングスティーンの歌がどうとか、そういうことは色々な所で語り尽くされているのでわざわざ書きませんが、私が一番この脚本で偉大だと思ったのは、本当に最後ランディにはプロレスしか残っていなかったということだ。<br />
<br />
最後にご都合主義な映画では、試合に勝ってストリップの女と抱き合うとか、娘がよりを戻してくれるとかなりそうなもんだけど、最後の最後ランディは本当のスッカラカンで、もうほんとになんもない。プロレスだけ。<br />
<br />
進研ゼミばりの自分が変われば世界も変わる（所謂セカイ系）などというものは世の中断じてない。孤独に苛まれてランディは娘やストリップの女にアプローチするが、どれもだめで、死ぬ覚悟でプロレスに戻っていくランディは命以上のものを、使命、宿命のようなものをそこに見出している。<br />
<br />
ランディは「現実の方が痛い」と言ってリングに立つんだけど、それを現実逃避って言われると悲しくなるな。ランディは観客を楽しませる一流の仕事をこなしているプロフェッショナルであり、社会に対して何らかの意味のあることをしっかりとしているはずだ。それを現実逃避の一言で片づけちゃうと周りの普通の仕事している人も現実逃避になっちゃうんじゃないかな。ランディは「プロレス以外に何もない現実」をしっかり見据えてリングに立つんだから現実逃避とは言えないのでは。<br />
<br />
世の中、あれもこれもなんて、なかなかうまくいかないことばっかなのだ。]]>
    </description>
    <category>映画</category>
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    <pubDate>Thu, 25 Aug 2011 05:27:22 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>本の段組みについて</title>
    <description>
    <![CDATA[普通文庫本って1行38文字から42文字ぐらいで、1ージに18行ぐらいが相場だと思う、で1ページ684から756文字ぐらい。<br />
それで、二段組みとかだと、一行25文字ぐらいで20行が2段で、1000文字ぐらい。<br />
なので、二段組みの本でページ数が300ページとかだと、文庫本にすると約1.4倍のページ数になるってことで、420ページぐらいになる。<br />
<br />
まあ、それはどうでもいいんだけど、何故文庫本の小説って絶対に2段組みにはならないのか？1行読んで次の1行の先頭に目を移す時に絶対に2段組みにしたほうがロスが少ないように感じる。<br />
<br />
文庫本でも行が長いような感じがするんだけど、それが単行本とか一回りでかいサイズの本で2段組みとかじゃなくて、長い行にされるとフラストレーションが爆発しそうになる。<br />
<br />
文庫本は2段組み、単行本は3段組み（もしかしたら4段組み）ぐらいの方が絶対に読みやすいと思うんだけど・・・<br />
<br />
2段組み、3段組みにしても文字を追う時の距離は変わらないとして、問題は行の末端から行の先端に移動する時の差が読むスピードに関係していると考えられる。<br />
<br />
しかし、段組みのされていない縦書きの文章において、行の長さをｘ、行間の長さをｙとすると距離は<a href="//smile1731.blog.shinobi.jp/File/0d0f18aa72187f0fd61ef8bc6e4be9b3_90_black.png" target="_blank"><img alt="0d0f18aa72187f0fd61ef8bc6e4be9b3_90_black.png" src="//smile1731.blog.shinobi.jp/Img/1313270678/" style="border-top-width: 0px; border-right-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; border-top-style: solid; border-right-style: solid; border-bottom-style: solid; border-left-style: solid; width: 72px; height: 22px; vertical-align: middle" /></a>で、n段に分割するとすると<a href="//smile1731.blog.shinobi.jp/File/3118b28ecbddd3962f9e6c89ad21b45f_90_black.png" target="_blank"><img alt="3118b28ecbddd3962f9e6c89ad21b45f_90_black.png" src="//smile1731.blog.shinobi.jp/Img/1313271050/" style="border-top-width: 0px; border-right-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; border-top-style: solid; border-right-style: solid; border-bottom-style: solid; border-left-style: solid; width: 150px; height: 20px; vertical-align: middle" /></a>ってなって、分割した方が目の移動する距離は大きなっているのが分かる。<br />
<br />
うーん、直観として感じたのと違う。やっぱり文章を読む時は一つ一つ目で追って行ってるんじゃなくて、１つの文章をパッと見た時に１つの視界の中に漏れなく収まるということが関係きているように感じる。<br />
<br /><a href="https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC/%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%AE%B5%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6" target="_blank"></a>]]>
    </description>
    <category>小説</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC/%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%AE%B5%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6</link>
    <pubDate>Sat, 13 Aug 2011 21:43:17 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>ザカリーに捧ぐ</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
2001年に殺害されたアンドリュー・バッグビィの子供の頃からの友人である監督による作品。アンドリュー・バッグビィはペンシルヴァニアの駐車場で殺害される。その第一容疑者であった彼の元ガールフレンドは、アンドリューの子供を妊娠・出産し、ザカリーと名付ける。&nbsp;<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=smile6607-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=B004BR3LTA&amp;ref=tf_til&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br />
<br />
うーん、なかなか落ち込んでしまう話だ。<br />
この映画の救いようのないのは、殺されたアンドリュー・バッグビィの両親を襲う地獄の理不尽さ、そしてこの映画がドキュメンタリーであり実際にあった話であるということだ。<br />
<br />
この映画に寄せた水道橋博士のメッセージにあるように「この世にも地獄はある。」<br />
自分達の行いと全く関係なく理不尽に不条理に地獄は人を襲う。それはいくら気を付けていても、地獄に堕ちる時は堕ちる、どうしようもない。<br />
<br />
私は幸運なことにこのような地獄を今のところ経験していないため、綺麗事のようなことしか言えないが、大切なのは地獄に堕ちても尚立ち上がり続けることだと思う。それをアンドリューの両親は見事に映画の中で体現している。<br />
<br />
後この映画を見て思ったのは、この理不尽な地獄に屈することなく行動する両親を多くの人が支えているということ。この映画は初めはメモリアルムービーとして撮られているので多くの人が出演するのは当たり前なんだけど、とにかくこの両親に対する評判がすこぶる良くって、しかもその関係がどれをとっても濃密なものなのだ。<br />
<br />
父親が一時期本気でシャーリーのことを殺そうと計画を立てていたと告白しているが、そのようなシャーリーに屈するような悲惨なことにならず、またアンドリュー達の後を追って死んでしまうようなことにならなかったのはひとえにこのような人と人とのつながりがあったためだと思える。]]>
    </description>
    <category>映画</category>
    <link>https://smile1731.blog.shinobi.jp/%E6%98%A0%E7%94%BB/%E3%82%B6%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%8D%A7%E3%81%90</link>
    <pubDate>Fri, 05 Aug 2011 10:27:32 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>新しい文明開化</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<br />
<br />
<iframe width="640" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/yWEC6QMgWCs" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe>
 <br />
<br />
<br />
東京事変で新しい文明開化のPVです。<br />
なかなかユニークなPVで見ていて気持ちいいんですが、このPVで一箇所たまらなく好きなシーンがあって、どこかというと、3:58のところで林檎がぴゃ～って投げ飛ばしたマイクが4:00のところの走るキーボードに乗る伊澤の後ろをしゅる～んってすっ飛んでいくところ。<br />
<br />
なんていうか伏線が回収されたような爽快感があって好きですし、あんなにマイクが吹っ飛んでいくところって見たことないし。<br />]]>
    </description>
    <category>音楽</category>
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    <pubDate>Mon, 04 Jul 2011 09:15:51 GMT</pubDate>
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